
|
今日は,眼科医から見たMGという題で,MGの眼の症状についてお話しようと思います。一般に,体の筋肉には脳から運動の指令を送る神経(運動ニューロン)が入っています。普通の腕や脚の筋肉ですと,125本の筋線維に対して神経線維が1本という割合なのですが,眼の筋肉では,1本の筋線維に神経線維が1本ずつ,ついています。眼の筋肉は,大きな力を発揮する必要はありませんが,より細かい制御を行わなくてはならないからです。筋と神経がつながっている場所(神経筋接合部)には,アセチルコリン受容体があり,皆さんもよくご存知のとおり,MGではこの受容体が自己免疫反応によって攻撃されるために,筋が動かなくなるのです。つまり,MGの症状が眼に出やすいのは,眼には攻撃目標が125倍も多いため,ということになりますね。 さて,眼筋型MGの症状には,眼瞼下垂と麻痺性斜視のふたつがあります。眼瞼下垂は上眼瞼挙筋の麻痺,麻痺性斜視は,外眼筋という眼球を動かす筋肉の麻痺です。外眼筋は,外直筋・内直筋・上直筋・下直筋の4本の直筋と,上斜筋・下斜筋の2本の斜筋の,合計6本からなります。今日はこのふたつの症状のうち,主に麻痺性斜視についてお話しします。 麻痺性斜視についてそれでは,眼筋型MGの患者さんで,麻痺性斜視を生じる人は,どのくらいの割合でしょうか。表1は,ステロイドを使ったことがない人と,ある人に分けて,発症年齢・観察期間・麻痺性斜視の数を比較したものです。この表をみると,症例数・発症年齢・観察期間は,両方のグループでほぼ同じですが,麻痺性斜視の頻度はステロイドをつかったことのない人で,40人中20人(67.5%),使ったことのある人で,45人中37人(82.2%)であることがわかります。眼瞼下垂に麻痺性斜視を合併した,症状の重い人ほどステロイドをよく使っているという結果です。いずれにせよ約70%の人に眼筋麻痺が生じるということです。 麻痺性斜視があると,両眼でものをみることができなくなり,立体視(遠近感)が損なわれます。とくに小児期に発症した場合,片方の眼に抑制がかかって両眼を使わなくなるため,何年間も斜視が続くと,立体視が失われて,どちらか片方の眼でしかものを見ない状態になってしまいます。それでは,ステロイドを使うと立体視を守ることができるのでしょうか。 |
|
|
図1は,この問題を調査した結果をまとめたものです。発症から1年・5年・10年の3つの時点で,ステロイド治療群と,非治療群を比べています。比較した項目は,グラフの横軸に書いてありますが,大型弱視鏡(シノプト),ティトマス・ステレオ・テスト,外眼筋麻痺の程度,これらをひっくるめた総合評価の4つです。縦軸は機能がよい人の割合(%)です。このグラフの元になった数字を統計学的に検討すると,ステロイドを使っても使わなくても,発症から10年たった時点では,立体視に差がありませんでした。 |
![]() |
![]() |
また,両眼視機能と眼球運動の両方をみて総合評価すると,どれをとってもいい人というのは,14%と13%で,結局,治療法による差はないんだということがわかりました。確かにステロイドというのは,使うと一時的に眼瞼下垂が治ります。斜視も治ることがあります。でも,長期にわたって効果を維持することができないので,子供の時に斜視が起こり始めると,なかなか両眼視機能が正常なまま,大人になっても大丈夫というわけにはいかないということですね。 麻痺性斜視なんですけどれも,もうひとつの問題点は,どうしてもMGという病気の性質上,変動が大きいということです。普通の斜視の人と,MGで同じように斜視になっている人を比べてみます。図2を見てください。 |
| グラフの左側は,MGのないふつうの外斜視で,右側はMGという確定診断ついているんですけども,一見麻痺がない外斜視です。つまり,眼球はよく動いているのに,外斜視がある。だからこの,MGの人の外斜視と,MGじゃない人の外斜視は見かけ上は区別がつかない。見たところ,どちらもよく眼は動いているのに,筋肉のバランスが悪いために目が外にずれている。これらの斜視角の変動率を比較してみます。何ヶ月かにわたって,3回以上,斜視の検査をしてみます。そうすると,一番いい時と悪い時の変動率がどのくらいか。麻痺のない人だと,近見で26%,遠見で19%でした。この程度は変動します。良くなったり悪くなったりを繰り返します。 | ![]() |
|
ただ,これは測定誤差(角度を測る時の検査技師のやり方)と,あるいは本当にその人の目の角度が変動している場合の両方が含まれています。これに対して,MGの外斜視だと,明らかに変動率が大きい。近見で60%,遠見で70%にもなります。ですから,MGの斜視は一見普通の斜視にみえても,実はそうじゃなくて,やはりその根底には筋力の低下があるんだということがわかります。つまり,斜視を手術で治療しようとしても,次の6ヶ月後あるいは1年後にどうなっているかわからないという怖さがあります。 麻痺性斜視-成人と子どもの違い麻痺性斜視が起こったときに,成人と子供では,その斜視に対する反応が違います。成人というのはつまり,大人になってからMGになった人,こういう人の斜視と,それから3才とか4才とか,小さい頃からMGがある人の斜視とはどこが違うか。 まず大人の場合は,いきなり眼位異常が起こりますと,必ず複視を自覚します。ものが二重に見えるのです。ところが子供さんの場合は,そういう複視を訴えることは稀で,抑制が生じます。これは眼がずれていると,自分の見たい方の眼だけを使ってしまって,ずれた方の眼は,頭の中で信号を抑制してしまうんですね。だから見ていないのと同じになってしまいます。結果ものはひとつに見えます―複視は起こらない。ところが複視が起こらないということは,両目でものを見ることを覚えない,ということですから,両眼視機能が失われてしまうんですね。大人の場合は,いったん複視が起こったとしても,外眼筋麻痺が軽快すれば複視も消えていきます。あるいはもし手術がうまくいって両眼がまっすぐになれば複視はなくなります。 ところが子供さんの場合は,外眼筋麻痺が治っても,両眼視機能が損なわれたままになってしまうということがあり得るということなんです。これが先程のステロイドを使っても使わなくても両眼視機能の結果が同じということにつながってくるわけです。 大人の脳というのはいったん獲得した両眼視機能は,絶対忘れません。ですから,二重に見えていたら,ズーッと二重に見えるんですね。ところが子供の場合は,脳がまだ柔らかいので,その斜視の状態に適応してしまって,両眼視機能を失ったままになってしまうことがありうると,こういうことですね。 |
|
![]() |
|
|
それで,これは(図3)うちで飼っているネコなんですが,ネコってすごく人間に似てるんですね。われわれが動物実験なんかするとき,お猿さんを使うと非常に―卑近な話題で申し訳ないんですが―高いんですね。ですから,ネコを使って両眼視の実験を私たちはやっていました。図3の右側でネコの頭があって,斜線が引いてある部分は両目でみている部分なんですね。両目の視野がこれだけ重なっている。だから,両眼視できる視野がこれだけある,120度あるということです。斜線の後ろの黒い部分は何かというと,片目だけで見ている部分ですね。。頭の後の白い部分は死角になっていて,見えない部分がこれだけあるのです。人間の場合はもうちょっと後ろの死角が広いですけども,両眼視野は同じぐらいあります。 両眼視機能というのを絵に描いて説明するのは非常に難しいんです。というのは,スライドでいろいろ絵を描いてお見せしても,一枚の絵にしか過ぎませんから,実際に自分の目でみて立体的にみているかどうかというのは,こういう絵では表すことができないんですね。ただちょっとそれを擬似的にやってみます。図4のように一枚のこういう絵があるとします。手前から向こうの方まで,ものが並んでいる。たとえば,70センチのところにある円錐にピントをあわせて両目で見ているとします。そうすると,手前の円錐と奥の円錐,あるいは窓の外にある遠くのピラミッドとは,明らかに距離が違うよというのが両目でみて感じられるわけです。これが立体視です。 両目で見なかったらどうなるのかというと,まさにこの絵の通りになるわけです。奥行きの感覚はある程度わかりますが,でも,両目でみている時のような本当の遠近感というのはやっぱりわからないということですね。 |
|
眼球麻痺の治療 - コンピューターによるシミュレーション私たちがMGの眼筋麻痺を治療するときに一番苦労するのは,まず眼筋の数が多いということです。まず直筋という,上下左右にひっぱる筋肉が片方の目で4本あります。それから,斜筋という(上斜筋と下斜筋という)斜めに走っている筋肉がそれぞれ1本ずつ,合計2本あります。この6本の筋肉が共同して目を動かしているわけです。当然その結果というのは,筋肉のバランスがどういうふうに崩れるかによって凄く複雑な眼の運動になります。 まだこれは試みの段階で,前回の難病研究会で発表させていただいたんですが,コンピュータによって,眼筋麻痺の程度をシミュレートすることができるようになってきました。 |
|
| 図5は,両目の動きをオービットというコンピュータのソフトが計算してグラフに表示したものです。まず,右の下直筋麻痺,右目を下へ引っ張り下げる筋肉の筋力が0%と入力してみます。そうしますと,図5の上段に矢印で示したように,右目(右側)の強い下転障害が起こって,右目が下へ動かない。それと反対に左の目(左側)の方は下へ行きすぎて下がっています。その結果左右の目に高さの違いが生じて,右目の上斜視が生じます。次に,右の上斜筋の筋力が0%になったとしたらどうか。結果は図5の下段に示していますが,斜筋の麻痺というのは,見かけの斜視が直筋の麻痺に比べて非常に小さいですね。どちらも筋力が0%になったとして計算しているんですけども,上斜筋麻痺の場合はこの程度しか左右の動きに差がない。 | ![]() |
|
ということは,もしMGの方で,ある方は下直筋がやられた,ある方は上斜筋がやられたとしても,筋力の低下は同じ程度なのにもかかわらず,見かけの斜視が全然違うということになるんですね。目の動きだけみていると,重症度の評価を大きく誤ってしまうということがあり得るのです。それを解消しようとして,このコンピュータによるシミュレーションを使ってみたわけです。 図6は会員の方のお写真をお借りしましたが,9方向眼位といって,上下左右と斜めの方向,それから正面,合計9つの眼位をみています。どこが悪いかといいますと,右を向いた時に,矢印で描きましたよう,右目が少し上へ上がりすぎます。だから右を向いた時には複視があります。左を向いた時は,今度は右の目が逆に下へ下がってきます。左を向くとやっぱり複視が,逆の方向の縦の複視があります。 でも,これだけ見ていても,なかなかどの筋肉がいったい何%ぐらい悪いのかというのがわからない。そこでこの目の動きをコンピュータに入力して調べてみます。図7の灰色の線が,入力した実際の眼の動きで,黒の線が正常の形です。灰色と黒の線がずれていて,灰色の線が八の字に開いたかっこうになっているのがわかります。こういう斜視を私たちは,Aパターンの斜視と呼んでいます。目の動きがアルファベットのAの字のように,上ですぼまり,下で開いているからです。 |
|
![]() |
![]() |
![]() |
図8は,7のデータを元にコンピュータが計算した各外眼筋の筋力です。とくに麻痺が強いのは,左目の下斜筋と,両目の下直筋で,それぞれ35%くらいに筋力が落ちていることがわかります。左右の眼の筋力の平均は,右目が71%,左目が66%,両眼の平均が69%という数字になって出てきます。逆に言えば,こういう筋力の低下があれば,図7の写真のような眼球運動になるということです。また,両眼の平均69%という値が,この人の今の外眼筋の筋力の総合評価ということにまります。この検査を何ヶ月かに一度行えば,筋力の経過が定量的に追えることになります。 |
結論結論です。このシミュレーションによる筋力の評価の意味というのは,どの筋の筋力がどれだけ低下しているかというのを定量化できる。その結果としてMGの経過をより的確に記録できる。それから最後に―われわれの目標はここなんですけども―手術が必要になった時にあらかじめコンピュータ上でシミュレーションができる。つまり,これだけの筋力があれば,じゃあ,そのコンピュータのソフトウェアの上で,筋肉をどういうふうに動かしたらどういう目の動きになるかということまでわかるんですね。その通りに手術するとだいたいうまくできます。少なくとも,MG以外の人ではこれはうまくいくことがわかっています。だから,MGの人について手術の時にこれが適用できないか,それからもうひとつは,その経過を,筋力の変動をきちんと捕まえることができるというのが,次の目標になるわけですね。 これはまだやり始めたばかりの研究ですので,これから先どうなるかはわかりませんけども,いずれ皆さんにその結果をお返しできる日が来ると思います。 以上です。どうもありがとうございました。 |
|